ソフトボールリーグ「JDリーグ」のシーズン開幕を控え、新たな戦いに挑むビックカメラ高崎ビークイーン。昨季は「ダイヤモンドシリーズ」準決勝で涙をのみ、その悔しさを糧にチームは進化を遂げようとしています。
今季のビックカメラ高崎は、若手の成長とベテランの経験が融合する重要なシーズン。
インタビューの前半では岩渕有美監督にチームの戦略や成長を、後半では藤本麗キャプテンと上野由岐子投手に、チームの雰囲気や個々の目標を深掘りしてお聞きしました。ビックカメラ高崎の「一瞬の輝き」を信じた戦いが、いよいよ始まります。
チームとしては、「伸びしろ」しかない
──昨季は、年間王者を懸けた「ダイヤモンドシリーズ」では、準決勝で日立に敗れ、準決勝敗退。残念ながら、2年ぶりの優勝はなりませんでしたが、岩渕監督は昨季をどのように振り返りますか。
岩渕 |
去年は若手を育成しつつ、勝利を求めるという難しい仕事に挑戦したシーズンでした。正直なところ、チームとして経験値が低いことが年間を通して出てしまいました。打線は得点力不足に泣き、守りでも勝負どころで詰めの甘さが出てしまった試合が多かった気がします。 |
──経験値が低いことは、試合のどんな場面で表れてしまいましたか。
岩渕 |
たとえば、ランナーが一塁にいるとします。どうしても1点が欲しい場面では、右方向への進塁打が最低限の仕事になります。ところが、チームとして求めていることを、技術的な問題もあって実行できない。バッテリーでいえば、失点したシーンでの配球が適切だったかどうか、反省する場面が多かったということです。 |
──学びが多いシーズンだったということになりますね。
岩渕 |
いま、チームには東京オリンピックで金メダルを手にしたベテランと、高校を卒業したばかりの若手が混在しています。正直、意識レベルでかなりのばらつきがありますから、若返りを図りつつ、チームが大切にしてきた伝統を、しっかりと受け継いでいかなければならない時期だと思っています。 |
──2月は恒例の沖縄キャンプが行われました。手ごたえはいかがですか。
岩渕 |
チームとしては、「伸びしろ」しかないと思っています。向上心のある若手の成長の場にできたと思います。投手陣は濱村ゆかり、上野由岐子といったベテランから若手までそろっていますし、投手力を活かした戦い方をしていきたいですね。 |
──今季の戦力は、どうでしょうか。
岩渕 |
大きな変化として、昨季はコーチを務めていた捕手の我妻悠香、そして内野を守る市口侑果が現役に復帰します。 |
──ふたりとも東京オリンピックの金メダリストですし、2020年から2023年までリーグ戦で4連覇を達成したチームの中心選手でした。心強いですね。
岩渕 |
2023年のシーズンを終えたところでふたりとも引退し、昨季はコーチとしてチームを支えてくれました。きっと、指導者を経験したことでソフトボールに対しての「目線」を変えることが出来たんじゃないでしょうか。違う脳を働かせたというか。コーチを経験してから現役に復帰したことで、また違った形でチームに貢献してくれると思います。 |
──一方で、二十歳前後の選手もいます。若手をコーチングするにあたり、なにかこれまでと違うアプローチを心がけていることはありますか。
岩渕 |
若手の指導は、私にとって未知の部分もありますよ。成長を促すのも、遅らせてしまうのも私の責任が大きいと自覚しています。最近の選手たちは、やはり私たちの世代とは発想が違っている面もあると思うので、私たちが現役だった時代は「こうしなさい」と言っていた場面でも、選手たちが自分で考えるように声がけするように意識していますね。 |
一人ひとりが瞬間、瞬間でどう輝くか
──指導していて、若手の強み、改善点など、どんなところに感じますか。
岩渕 |
自分のことは、よく考えていると思います。だから、上達したいという向上心は強い。ただし、それは自分を中心に考えてしまうことにもつながります。チームの中で自分が何を求められているのか、そうした客観的な見方を身につけていけば、選手としてより成長できると思います。やっぱり、ソフトボールはチームスポーツなので、自分の技術をチームに生かすことが大切ですから。 |
──監督の手腕が問われるシーズンになりますね。チーム状況を踏まえての今季のスローガンを教えてください。
岩渕 |
「一瞬の輝き」という言葉を、メンバーで共有しています。一人ひとりが瞬間、瞬間でどう輝くかがテーマになります。これは試合に出ている選手ばかりではなく、ベンチにいる選手、そして裏方だって同じです。全員が最高の準備をしてこそ、輝くことができる。そうしたチームを作っていくことが大切だと思っています。 |
──チームの総合力というような意味でしょうか。
岩渕 |
私は、チームの強さイコール「ベンチの強さ」だと思っています。先発メンバーだけではなく、勝負どころではベンチメンバーの役割が大切になってきます。代打、代走、守備固め。ソフトボールには一人ひとりの選手が力を発揮できる場面が必ずあります。 |
──それが勝負を分ける時がある。
岩渕 |
その通りです。そうした場面で、自分の出番がいつ来てもいいように、集中力を切らさない。全員がそうした準備を進められるチームを作っていきたいです。 |
──全員がチームプレーに徹する。それはビックカメラが培ってきた伝統でもありますね。
岩渕 |
宇津木妙子監督、宇津木麗華監督が培ってきたのは、「家族のようなチーム」を作るということです。ただし、家族にはいろいろな形態があって、ただ単に仲良くすればいいというわけではなく、苦しい時に仲間を支え合うことが大切です。それでこそ、試合では仲間を勇気づけられるプレーができますから。 |
──その積み重ねがあってこそ、勝利につながる。
岩渕 |
日常の生活、毎日の練習が試合につながっています。 |
──さあ、4月12日にJDリーグが開幕しますが、今年は優勝争いが激しくなりそうです。
岩渕 |
東地区のチームにオリンピックを経験した選手が移籍してきて、東地区のレベルが一気に上がるはずです。 |
──見ごたえのある試合が増えそうですね。
岩渕 |
チームとしては、「一瞬、一瞬」「一戦、一戦」を大切に、勝ちを積み重ねていきたいと思っていますので、応援よろしくお願いします。 |
若手とベテランの融合が勝利への鍵
──2025年のリーグ戦の開幕を前に、ここまで監督にお話を伺いましたが、続いて藤本麗キャプテンと、上野由岐子投手に話を伺います。
──昨季は藤本選手にとって、キャプテンとして初めて1年間戦ったシーズンでしたね。
藤本 |
キャプテンになり、上に立つ立場になって、改めてチームに対するキャプテンの影響力の大きさを、自分自身認識した年でした。 |
──上野選手は、藤本キャプテンをどう見ていましたか。
上野 |
去年は大変なシーズンでしたが、よく頑張っていたと思います。いい意味で頑固なのが藤本だと思っていて。 |
藤本 |
そうなんですね(笑)。 |
上野 |
キャプテンになってから、変わろうとしている姿勢が見えたと思う。 |
藤本 |
ありがとうございます。正直なところ、私自身、キャプテンとしてどうしていいかわからないところがありました。「これって、口に出しても大丈夫かな?」と自問自答するところもあって、自信が持てないことも多くて。 |
上野 |
今年は、その葛藤を成功に変えられればいいよね。 |
藤本 |
そうですね。今年は自分からメンバーたちに積極的に話しかけ、自らアクションを起こしていきたいです。 |
──話しかけること、コミュニケーションを意識しているんですね。
藤本 |
若い選手も多いので、いまはポジティブな言葉がけを意識しています。みんなが前向きに、ソフトボールに取り組めるようになって欲しいですから。新加入の選手たちも元気で、良いコミュニケーションが取れています。 |
──今年は捕手の我妻悠香選手と、内野の市口侑果選手がコーチから現役に復帰します。
藤本 |
ふたりがいるだけで、雰囲気がピリッとしますし、試合の運び方も変わってくると思います。若手にとっても、一緒に試合に出ることで学ぶこともたくさんあると思います。 |
上野 |
大切なのは、ふたりに頼りすぎないこと。去年戦ったメンバーを土台にして、ふたりがプラスアルファとして機能する。そうした形が理想的でしょうね。 |
──昨季、藤本キャプテンは打率4割1分2厘、出塁率も4割5分5厘と素晴らしい数字を残しました。今年はどんな目標を立てていますか。
藤本 |
基本的には、チームが勝つために何をすべきか意識していきます。具体的には、接戦を勝ち切れるような働きをしたいですね。打撃、走塁で勢いをつけられるような仕事をイメージしています。 |
──上野選手はどうでしょう。昨季、インタビューしたときに、上野投手は井出久美選手をはじめ、高校を出て間もないキャッチャーと、意見をすり合わせていくことの重要性を話されていました。
上野 |
打者に対して、どんな配球をすればいいのか。それは状況によって変わってくるものなので、ピッチャーとキャッチャーが同じ発想を持つことが大切です。ただし、そうなるためには年月が必要ですし、練習だけでは学べない。試合の中で経験を重ねるしかなく、「あの場面は、こうだったよね」といった会話も必要になってきます。もちろん、若手の伸びしろには期待していますが、試合に出ても必ずしも成長するとは限らないんです。 |
──なかなか厳しい言葉ですね。
上野 |
失敗はつきものですから、そこから何を学ぶか。抑える確率を高める発想が大切になってきます。今年は我妻も復帰しますが、若手も彼女の背中から学び、どんどん刺激し合って欲しいですね。 |
コミュニケーションの進化がプレーに反映
──開幕するにあたって、今年のチームの雰囲気はどうでしょうか。
藤本 |
チームが始動してから、雰囲気が変わってきたことを実感しています。日常からコミュニケーションが取れていて、それがプレーにも反映されるようになってきています。 |
上野 |
にぎやかになってきました。去年、若い選手たちは遠慮していたかな。 |
──若手からすると、「レジェンド」の上野選手に話しかけるのは、勇気が必要かもしれませんね……。
上野 |
私から話しかけないといけないです(笑)。でも、今年は良いコミュニケーションが取れていると思うので、それをプレーで表現していきたいですね。 |
藤本 |
シーズンは長いですから、ずっとチーム状態が良いとは限りません。それでも、コミュニケーションがしっかりと取れていれば、全体としてポジティブな方向へ向かえると思っています。2025年のシーズンは、それができる予感がするので、開幕が楽しみです。 |
上野 |
今年は去年の失敗を踏まえた1年になるでしょう。もう、去年の二の舞いはたくさんですから。でも、試合を現場で見ていただいたら、「あれ、ビックカメラ高崎って、雰囲気変わったね」と思っていただけるはずです。元気よくグラウンドで全力プレーをお見せできれば、ずっと応援したいと思ってもらえるチームになれると思います。 |
──今年はほかのチームも強くなっていますね。
上野 |
東地区は強力な補強をしたチームもあって、激戦になるはずです。勝つのは大変な試合が続くと思いますが、なんとかモノにしていかないといけません。あくまでビックカメラ高崎が目指すのは日本のトップですから、シーズン中に状態が良かったとしても、決して満足しちゃいけない。常に先を、常に上を目指す姿勢を後輩たちには見せていきたいです。 |
──変化の1年、キャプテンとしての役割が大切になってきそうですね。
藤本 |
キャプテンになってから、いままで以上の声援、応援をいただくようになりました。本当にうれしくて、ありがたくて。2025年は勝って恩返しするしかないと思っています。いい試合をお見せしたいですし、今年もビックカメラ高崎の応援をよろしくお願いします。 |
Profile
岩渕有美
埼玉県出身。ビックカメラ高崎ビークイーン監督。星野女子高等学校卒業。1998年、日立高崎(当時)に入団。2004年、アテネオリンピックに出場し、銅メダルを獲得。同年、彩の国スポーツ功労賞を受賞。2013年に現役(外野手) を引退して指導者に。2014年、ルネサスエレクトロニクス高崎(当時)のコーチに就任。2015年・2016年はビックカメラ高崎のヘッドコーチを経て、2017年、ビックカメラ高崎ビークイーンの監督に就任。
上野由岐子
福岡県出身。女子ソフトボール選手。ビックカメラ高崎ビークイーン所属。ソフトボール日本代表。2004年アテネオリンピック銅メダリスト、2008年北京オリンピック金メダリスト、2021年開催の東京オリンピック金メダリスト。MVP8回、最優秀防御率賞6回、最多勝利投手賞8回。
藤本麗
広島県出身。女子ソフトボール選手。ビックカメラ高崎ビークイーン所属。2024年から同チームのキャプテンを務める。ソフトボール日本代表。スピードが売りの右投左打の外野手。
文
生島淳
1967年、宮城県生まれ。早稲田大学卒業。広告代理店に勤務しながらライターとして活動し、1999年にスポーツライターとして独立。ラグビーワールドカップ、オリンピックの取材はそれぞれ7回を数える。雑誌への執筆の他、テレビ、ラジオも出演多数。主な著書に『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』『奇跡のチーム ラグビー日本代表、南アフリカに勝つ』など多数。
写真
小松士郎
LCP(ロンドン芸術大学写真学科)で写真を学び、ロンドンを拠点に撮影活動を始める。これまで、坂本龍一、石丸幹二、ジョエル・ロブション、デヴィッド・ベッカム、武豊、上原浩治など数百人の著名人を撮影。そのほか料理、静物、風景など撮影ジャンルは多岐にわたり、NHK教育講座の人物撮影、広告などでも活躍中。