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CLACK787さんの投稿
(2026/5/4)
ビックカメラグループで購入

僕はこれまで25年間、Windowsという名の少し無骨で、しかし妙に実直な機械と同棲してきた。そいつはときどき機嫌を損ねてフリーズしたり、やたらと更新を強要してきたりしたけれど、基本的にはこちらの言うことをよく聞く、扱いやすい相棒だった。気がつけば自作マシンも10台ほど組み上げていて、ネジと埃とわずかな優越感にまみれた時間を、それなりに楽しんできたわけだ。
けれどその一方で、Macというやつはずっと気になる存在だった。あれはなんというか、カフェの隅でトランペットを吹いている洒落者みたいなもので、こちらが汗だくで配線をいじっているあいだも、涼しい顔で「そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」とでも言いたげに佇んでいる。腹立たしいが、同時に妙に魅力的だ。
問題は操作だった。マウスの動きが違うとか、UIがどうとか、そういう話を聞くたびに、僕の中の小さな保守派が「やめておけ、面倒だぞ」とささやく。人間というのは習慣の動物で、しかも長く使っているものほど手放しにくい。だから僕はずっと、憧れを憧れのまま放置してきた。
ところがある日、ほんの気まぐれでそのMacBook Airを買ってしまった。理由は特にない。たぶん天気がよかったからだと思う。あるいはコーヒーがうまかったせいかもしれない。そういうどうでもいいきっかけで、人生はときどき妙な方向に転がる。
箱から取り出してまず驚いたのは、その質感だった。触った瞬間、「あ、こいつはただの機械じゃないな」と思った。金属のくせにやけにしっとりしていて、しかも無駄に美しい。まるで楽器だ。ピアノかサックスか、とにかく音が鳴りそうな雰囲気をまとっている。思わず撫でてしまう。用もないのに撫でる。これは少し危険な兆候だ。
デザインもまた、妙に洗練されている。無駄がないのに、冷たくない。むしろどこかユーモラスですらある。たとえば角の丸みひとつとっても、「ここ、ちょっと優しくしておいたよ」とでも言われているような気がする。機械のくせに、やけに気が利くのだ。
使い始めると、案の定、いろいろと勝手が違う。ウィンドウの扱いも、操作の流れも、全部が少しずつズレている。でもそのズレが面白い。まるでジャズみたいに、決まりきった進行からわざと外れてくる感じがある。最初は戸惑うけれど、慣れてくるとその外し方がクセになる。
トラックパッドなんて特にそうだ。指を滑らせると、画面がするりと動く。その動きがあまりに自然で、つい何度もやってしまう。用もないのにページをスクロールする。これはもう完全に遊ばれている。僕が機械を使っているのか、それとも機械が僕を使っているのか、だんだん分からなくなってくる。
Windowsが堅実な労働者だとすれば、このMacBook Airはちょっとした芸術家だ。仕事もできるが、それ以上に「感じさせる」ことに長けている。触ったときの感触、操作したときのリズム、そういったものすべてが、ひとつの体験として設計されている。
25年連れ添った相棒を今さら捨てるつもりはないけれど、この新しいやつもなかなかどうして手放しがたい。気がつけば机の上で、ふたつの世界が並んでいる。そして僕はそのあいだを行き来しながら、少しだけ楽しんでいる。
まあ、悪くない。人生にひとつくらい、こういう無駄に洒落た選択があってもいい。むしろ、そういうものがなければ退屈すぎる。